妊活ダイアログ 七変化さん Vol.6

この企画では、経験者の声、お医者さんの言葉、

妊活や不妊治療にまつわるアレコレを綴ります。


どんな未来が待っているんだろう。

あなたのいろんな未来の可能性を見つけてみてください。





採卵と胚移植も上手く行かない



私はずっと眠っていたらしい。夢を見ていた。美しい地平線が、まるで北海道の大地のような地平線が頭の中でずっとずっと広がるそんな不思議な夢。終わりのない治療を暗示しているようで……ざわざわとした気持ちで目覚めた。


採卵はとうに終わっていて、病室で眠っていたのだった。夫や看護師さんによると、意味不明の寝言をいっていたという。そして私が寝ている間、夫は採精室に行っていたらしい。男性はこの部屋で、自分自身で行為を行い、精子を「提出」する。夫はあまり多くを語らなかったが、後に「古い資料(セクシーな雑誌、DVD)ばかりで(採精は)辛かった」と話してくれた。


コンコン。突然病室をノックされた。入り口に目をやると、白衣を着た女性が私たちを見ていた。

「胚培養士の~です。体調はどうですか?」


はいばいようし?ああ、受精卵を育てていく担当の人か。別名エンブリオロジストともいうらしい。

「……何とか、大丈夫です」

彼女はそれには答えず、淡々と今回の採卵の結果を話しだした。個数は10数個のようで、多くも少なくもないと。ただ、質はバラバラで、中から良いものを選んで夫の分身(精子)と受精させていくそうだ。今回は両者を同じ場所において、それぞれの自主性?に任せる体外受精を行うとの話だった(ちなみに、人為的に卵子に精子を注入するのが顕微授精となる)。


少し前にも触れたが、ART(生殖補助医療技術)を行う際、どんな受精卵でもいいというわけではない。といっても、本当の意味で卵子の質、つまり妊娠し、子どもになる可能性を持っているかどうかは誰にもわからない。神の領域だ。しかし、それを主に「見た目」の要素から振り分ける。受精後、受精卵を培養し、1~3日後、胚(受精卵が細胞分裂したもので)が2〜8つに細胞分裂した初期胚、初期胚からさらに分裂が進んだ5〜6日目の胚盤胞の状態で見た目のグレードが定められている。


これまでの実績から、見た目のグレードがいい胚のほうが、順調に分裂を繰り返し、お腹でも成長するのではないかといわれている。一方で、グレードがそれほどではなくとも、妊娠・出産に至るケースも少なくない。どれだけ生殖医療が発展しても、妊娠、出産とは難しいものなのだ。やはり神秘に満ちているとあらためて思った。



通院していたクリニックでは、まずは上手く「受精」できたかどうか、そしてお腹に戻せる程度に胚が育っているか、この2段階をクリアできれば、それぞれ電話で連絡が入るシステムになっていた。この2段階のハードルを越えなければ、いくら卵子が採れてもお腹に戻すことはできないのだ。採卵後は電話が鳴るたびに、心臓がドキドキして、口から飛び出しそうな気持ちになっていた。


そして、この2段階を経た1つの胚の移植が決まった。複数卵子が採れた場合、凍結して移植周期に備えるのが一般的だか、培養の結果、その時点で凍結に耐えうる胚が1つ、凍結は微妙だけれど採卵周期に移植可能な胚(新鮮胚移植)しか残らなかった。10数個、採卵できたはずなのに。


微妙な胚(この言い方はあまりしたくはないけれど)をまずは移植することになり、再度クリニックを受診。採卵した時の手術室で、今度はリラックスしたクラッシックがかかっている。それほど痛みはなく、あっという間に移植は終わった。「次は妊娠判定日の受診になります。10日程度をゆったりと過ごしてね」と看護師さんはいった。


ところが翌々日から、私の体調は今までにないほど悪かった。まず採卵箇所がズキズキと痛い。頭痛と吐き気、悪寒も続き、熱は39℃近くに達していた。結果的に、採卵後の合併症である骨盤内感染症(骨盤腹膜炎)となり、入院を余儀なくされた。これはあまりないことだそうで、やはり内膜症による卵巣と子宮の癒着のリスク要因になっていると思われた。


入院中も、戻した胚に熱の影響がないのかばかりが気になった。回診に来たドクターに尋ねると、炎症や痛みはそれほど関係がないとのこと。どんな過酷な状況下であっても、生命力のある胚は生き残るのだという。それはそうなのかもしれないが、この痛みで胚が育っているとは、信じられなかった。3~4日で症状は落ち着き、退院。さらに数日後の判定日にも妊娠成立はやはり、なかった。



次の周期は、凍結していた胚を移植することになった。生理2日目から子宮内膜を厚くするためにホルモン剤を服用し、その後黄体ホルモンを服用。排卵後と同じ状態にして移植する凍結融解胚移植だ。せっせとホルモン剤を服用、移植に備えた。


ところが、胚を融解(溶かす)した後、成長が止まってしまった。こうなるとなすすべもない。ホルモン剤を服用したのも、すべてパーとなる……。上手く行かないなあ。あんなに痛い思いをしたのに、移植できる胚ももうない。次はまた、採卵からだ。そして、あっという間に数十万の治療費が消えたのだ。


ただ、ちょうど夏休み近くだったこともあり、旅行で気分転換ができた。落ち込む気もあったものの、久しぶりに夫の笑顔も見れた。治療に落ち込む私を気遣い、夫も元気をなくしていたから。この人となら、このまま夫婦2人でもやっていけるんじゃないかなとひっそり感じたのだった。


旅行から帰ってすぐ、クリニックを受診した。信頼する女性ドクターの「七変化さんの子宮は生理を止めたことで少し小さくなっているし、卵巣も落ち着いています。できれば今のうちにすぐ採卵をしておきましょう」との言葉で、次の採卵をすることに。


しかし、次の周期は前の周期の遺残卵胞(古い卵胞)が発見され、採卵できなかった。遺残卵胞があるとその影響で、いい卵子が採卵できないケースが多いため、採卵は見送られる。せっかく新しいチャレンジに進んだのに、まったく結果がでないことに焦りを感じていた。


さらに、次の周期、ようやく内診の結果、採卵が可能のようだった。今度はマイルド法(クリニックによって名称は異なるが、低刺激な採卵方法)を試すことに。クロミッドという内服薬に加えて排卵誘発剤の注射を適宜注射する方法で、前に試したウルトラロング法よりは刺激が少ない。ただ、採卵のタイミングを測るのは多少難しくなる。ビクビクしながら、注射のために通院を続けた。



そして採卵。卵が採れますように、お腹が痛くなりませんように……。祈ることしか出来なかったが、この周期は5つ卵子が採れた。そして媒精。すべて受精し、成長を続けている。教科書どおりのグレード(見た目)のものはなかったが、培養士さんによると前回よりも結果はいいという。「この中のどれかをこの周期で戻し、残りのものをすべて凍結します」。


「2つ戻すことはできませんか?」思い切って聞いてみた。何度も採卵するのが怖かったし、インターネットで調べるとそれなりに2個胚移植している人もいる。ただ、多胎となるリスクもあり、積極的に推奨される方法ではないのだ。「七変化さんはまだ2回目だし、30代です。多胎の危険があります」


30代といってもギリギリの38歳、しかもそんなに卵子は取れないのに……。


「わかりました」


そして1個を移植、それ以外の胚は凍結へ。今では考えられないが、その時の私に胚=人間という意識はなかった。自分勝手な発想だが、とにかく採卵が出来て、移植したいという思いだけが先走っていたのだ。何だか恐ろしい考え方だが、それほど追い詰められていた。


そして迎えた妊娠判定の日。前回のようにお腹こそ痛くはないが、まったく症状がない。普通にPMSがあり、それほど体調がいいわけではなかった。ただ、生理は判定日までこない。当時クリニックでは、申し出ない限り、初期胚移植は尿検査のみだったので、いそいそと尿を提出。呼ばれるまでぼんやり待合室のテレビを見ていた。


「七変化さん」


呼ばれて、診察室に入ると、あの優しいドクターが待っていた。

「おめでとう。妊娠していますよ」

へ?嘘でしょう。




(文/七変化)

※この連載は個人の体験です。治療や薬の処方などに関しては必ず医師に相談してください。

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