妊活ダイアログ 夏菫さん Vol.3

この企画では、経験者の声、お医者さんの言葉、

妊活や不妊治療にまつわるアレコレを綴ります。


どんな未来が待っているんだろう。

あなたのいろんな未来の可能性を見つけてみてください。





卵子が “命” になるまで


「おそらく、多嚢胞性卵巣症候群かと思います」

産婦人科で、医師にそう告げられた。


タノウホウセイランソウショウコウグン…?

呪文のように聞こえた言葉を頭の中で反芻していると、卵巣の描かれた紙が目の前に置かれ、医師が説明を始める。


「卵子は、卵巣で成熟して排卵されますね。この多嚢胞性卵巣症候群は、卵子が小さいまま成熟しないか、あるいは育っていてもうまく排卵できずに、卵子が卵巣の中に留まっている状態です」


「超音波で確認しましょう」と、わたしだけ別室に案内された。わたしの卵巣が、画面に映し出される。そこには、たしかに小さな卵胞がたくさん並んでいた。右の卵巣も、左の卵巣も。


大きくなれずに、ここにいたのね…。


排卵されるのを待っている、わたしの卵子たち。並んで順番待ちをしているのに、いつまでたっても名前を呼ばれない、かわいそうな卵子たち。


元の診察室に戻ると、夫は多嚢胞性卵巣症候群について書かれた文章をじっくりと読んでいた。


「ほんとうに、卵子が並んでいたよ」と声をかけると、顔を上げて「そう」と答える。安堵と困惑が入り混じっているような夫の顔を見て、きっとわたしも同じような表情をしているのだろうと思った。



「なんだか、すっきりしたね」

帰り道、そう夫に話しかけると、「行ってよかったね」と手を繋いでくれた。12月の風にあたって冷えた指先が、じんわり温かくなってくる。


わたしたちは、おもに排卵誘発法とタイミング療法で、妊娠をめざすことになった。

排卵誘発剤で卵巣を刺激して、卵胞の発育を促すらしい。多胎妊娠を避けるため、はじめは弱い刺激で。そして卵胞が育ってきたら、大きさを測定して排卵日を予想し、よいタイミングで夫婦生活を持つのだ。


要因がわかって、ほっとした。

これからは、医師の指示に従えばよい。進捗がわかるから、漠然とした不安から解放される。産婦人科で診断を受けて、こんなにすっきりすると思わなかった。もっと早く行けばよかったと思ったくらいだった。



それから、検査のために産婦人科に通う日々が始まった。


平日しか行えない検査もあったので、仕事の調整をするため、上司に相談した。妊娠するために半休を取りたいと申し出たわたしに、上司は「もちろん」と答え、退社するときには笑顔で送り出してくれた。

妊活に理解のある会社でよかった。そうでなければ、きっと肩身の狭い思いをしていただろう。


血液検査、夫の精液検査、子宮卵管造影検査、フーナー検査……。

産婦人科での検査の内容は毎回異なり、そのたびわたしは、妊娠は生命の神秘だと思った。


卵子が正常に成熟するか。排卵されるか。卵管を通過できるか。精子の量や運動率は充分か。頚管粘液の中で運動しているか。卵子と精子は受精できるのか。


どこかひとつでも障害があると、妊娠できない。

選ばれた卵子と選ばれた精子が、多くの関門をくぐりぬけて出合わなければいけない。その確率を高くするために、検査する。治療する。こうして努力しないと、妊娠は叶わないのか。


“赤ちゃんをつくり出している” という感覚は、日増しに濃くなっていった。



そんなある日、仲のよい女友達とふたりでランチに行った。


「そういえば、子どもがほしいって話していたけれど、経過はどう?」と、聞かれる。

「実は、今わたし産婦人科で治療中」

わたしは答えて、これまでのことを一通り話した。


子どもがほしいと勇気を出して夫に伝えたこと。夫婦で妊活を始めたけれど、半年経っても成果が出なかったこと。もともと生理不順だったのが不安で、産婦人科に行ったこと。そこで多嚢胞性卵巣症候群と診断され、今は治療中だということ。


淡々と話せただろうか――と、わたしは思った。

別に、悲劇のヒロインぶっているつもりはないし、同情してほしいわけでもない。ただ、妊娠するには思ったよりもハードルがあるのだとわかった。それを自然に伝えたかった。


友達は、静かに相槌を打ちながら聞いてくれて、その場では何も言わなかった。そして、別れ間際になって、「なんかさ……」と呟いた。


「お腹に赤ちゃんがきてくれたら、その子はほんとうに幸せだね。だって、パパとママがこんなに待ち望んでくれてるんだもん」


彼女の言葉に、はっとした。

じんわりと胸が熱くなって、思わず涙が溢れそうになった。


妊活をスタートしてから、ずっと心の奥に引っかかっていた。子どもがほしいと思うのは、親のエゴではないか。赤ちゃんを自然に授かるのが理想なのに、わたしは “赤ちゃんをつくり出している” のではないか。妊娠したとき、喜びよりも達成感のほうが強くなってしまうのではないか。


そんな思いが強くなって、妊活を進めるほど、自分が心から赤ちゃんを望んでいるのかわからなくなってしまいそうだった。


でも、彼女の言葉に救われた。

待ち望んでいいんだ。それが赤ちゃんの幸せなんだ。



年が明けた。

産婦人科に通い始めて、初めてタイミングを取ってから2週間。


祈るような気持ちで、妊娠検査薬を表に返した。


くっきりと、二本の線。

陽性だった。


夫のところへ駆けていき、ぎゅっと飛びついて検査薬を見せる。


「えっ、えっ?!……陽性?」

「うん」

「やったー!やったね、うれしいね、よかったね」


わたしたちは、夫婦ふたりで手を取り合って、文字通り飛び上がって喜んだ。


翌日、産婦人科で、赤ちゃんの心拍を聞いた。

トク、トク、トク……

自分の中に小さな命が宿っている。ずっと心待ちにしていたはずなのに、にわかには信じられない思いだった。


ありがとう。

わたしたちのところに来てくれてありがとう。


妊活をして、ずっと望んだ赤ちゃん。

もしかしたら、わたしにこの感情をくれるために、赤ちゃんはゆっくりやってきてくれたのかもしれない。

今のわたしだからこそ、誰よりも幸せだと思う。誰よりもこの命を大切にできる。


強くそう思った。



(文/夏菫)

※この連載は個人の体験です。治療や薬の処方などに関しては必ず医師に相談してください。

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