妊活ダイアログ 夏菫さん Vol.1

この企画では、経験者の声、お医者さんの言葉、

妊活や不妊治療にまつわるアレコレを綴ります。


どんな未来が待っているんだろう。

あなたのいろんな未来の可能性を見つけてみてください。




初めまして。29歳の夏菫(ナツスミレ)と申します。

結婚して半年で妊活をスタート。産婦人科で多嚢胞性卵巣症候群と診断され、排卵誘発剤を飲んで妊娠。そうして授かった息子が無事に生まれ、主人とともに幸せを噛みしめながら子育てをしています。

妊娠・出産は奇跡だと感じた1年間。わたしの経験が、少しでも読んでくださった方のヒントになれば幸いです。




コウノトリを招く


ピ、ピポピポピポ……。

検温終了のアラームで目が覚めて、あわてて口から体温計を取り出す。


「いま、二度寝していたでしょ」

となりで寝ている夫が、笑いながら声をかけてくる。「バレた?」と答えて、半目でスマホアプリを開いて体温を入力する。36.56度。きっとまだしばらくは低温期。



27歳で結婚して、半年。

世間一般から見たら、「順調」な人生を送っているのかもしれない。でも、心の中にある焦りは消えない。

どうしても欲しいなら23歳、できれば欲しいなら31歳――。手帳に記したメモを思い出す。子ども3人を自然妊娠したい場合、いつまでに妊活を始めるべきか。以前何かの本を読んだときに、覚書として残していたものだ。


大人になったら結婚して、子どもを産んで幸せな家庭を築く。それが、当然訪れる未来だと信じていたわたしは、「婚活」や「妊活」など、自分には程遠い言葉だと感じていたように思う。


まわりの女友達から幸せなニュースを聞くたび、うれしくて、心から祝福した。「次は自分の番」と思いながら、センスのいいご祝儀袋や、出産祝いを選んだ。


でも、ある日、気づいてしまった。女子会で、「ママ」になった友人たちに囲まれた、未婚のわたし。待っていても「わたしの番」はこない。タイミングよく白馬の王子さまは現れないし、コウノトリも赤ちゃんを運んできてはくれない。


女には期限がある。「婚活」「妊活」という言葉はつまり、自分から活動しなければいけないということだ。結婚・出産だけが女の幸せというわけではないけれど、もし望んでいるなら活動したほうがいい。理想に近い将来を手に入れるために。


わたしは、遠距離恋愛をしていた彼氏に結婚したい旨を伝え、プロポーズされて、ゴールインできた。それが半年前。


次は、コウノトリを招く。


わたしは子どもがほしい。自分が三姉妹だったから、2人よりも3人。でも、それを夫に伝えたことはない。毎朝体温を測っているのも、「生理不順だから、記録してリズムを知ろうと思って」とわたしが話したのをそのまま信じているのだろう。


くるりと後ろを振り返ると、夫はまだベッドの上でごろごろしていた。「ん?」という顔で見つめ返してくる。


話してみようか。


少し考えて、夫と共有しているスケジュールアプリを開いた。確認したばかりの「次のおすすめ仲良し日」に、予定の件名だけ登録する。


「♡(・Θ・)♡」


通知がきたのか、夫がアプリを開いて、こちらを見た。「……ちゅーの日?」

「あー、近い!」とわたしは笑う。「体温測っていたら、赤ちゃんができやすい日をアプリが教えてくれたの」

「そっか、月に一度の、大事なチャンスなんだねえ」

夫はそう言って、わたしの頭をやさしく撫でると、パジャマを脱いで朝の支度を始めた。



どう思ったんだろう。


通勤電車に揺られながら、今朝の会話を振り返る。


あの後、バタバタと身支度を済ませて家を出て、二人そろって駅まで歩くあいだ、子どもや将来に関わる話はできなかった。


パートナーに将来の話をするのは、勇気がいる。大好きな相手ならなおさらだ。

夫は同い年で、きっと男性にとっては早めの結婚だったと思う。結婚して身を固めるより、もっと仕事に専念したいという気持ちもあったかもしれない。子どもは好きだと前から聞いてはいるけれど、結婚してすぐとは思っていないかもしれない。


うーん。もしかして、急な話でプレッシャーをかけてしまったかも。結婚雑誌を部屋の目につくところに置いておくのと同じくらい、いやだったかも。もっとストレートに、子どもがほしいって、言えばよかったかな。予定の日が来た日に、どうしたらいいんだろう……。


――予定、消してしまおうか。



そう思ってスマホを開くと、スケジュールアプリから通知が来ていた。見ると、登録した「♡(・Θ・)♡」が、前後3日ずつ延びている。


「ねえ、7日間にした?」

思わず夫に連絡すると、すぐに返事が来た。


「うん、その日がいちばん可能性高いっていう意味でしょ? 前後の日も含めて、 チャンスは広めに取ろうと思って……だめかな」


なあんだ。


電車の中で、にやける。なあんだ、大丈夫だった。子どもが欲しいって、思ってくれていた。わたしの気持ちを汲んで、いっしょに取り組もうとしてくれている。


夫から、メッセージに続いて、もじもじしているスタンプが送られてきた。

ああ、そうか、と気づく。妊活って、ふたりで意識をそろえるってことなのね。もしかしたら、気にかけていたのは、わたしだけではなかったのかもしれない。今日、仕事が終わって家に帰ったら、ちゃんと話してみよう。


スマホから顔を上げると、ちょうど電車が川を渡る瞬間で、きらきら輝く富士山が見えた。

まぶしい。思わず目を瞑ったら、ほっとして、ちょっとだけ涙が出た。




(文/夏菫)

※この連載は個人の体験です。治療や薬の処方などに関しては必ず医師に相談してください。

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