妊活ダイアログ ワタナベミユキさん Vol.3
この企画では、経験者の声、お医者さんの言葉、
妊活や不妊治療にまつわるアレコレを綴ります。
どんな未来が待っているんだろう。
あなたのいろんな未来の可能性を見つけてみてください。
うらぎりの子宮 3 〜憎らしい私の一部〜
自身の病気に対してようやく理解をし始めた。
にも関わらず、先生は私がすぐに気持ちの整理ができない事実を、容赦無く追加した。
「治療法として多いのが、癌患部を切除する方法だけどね。あなたにその方法は進められないよ。駄目。」
もう言い方がいちいち意地悪。
私一人だけなら、この時点でまたドロップアウトだ。
主人が隣にいるのでなんとか正気を保っていられる。
私に切除手術を勧められない理由は主に2つ。
まず、現在妊娠を希望しているという事。
そして、私の子宮が人よりも小さいという事だ。
癌患部を取り除いてしまうのが一番安全だが、切除という事は子宮の一部がなくなるという事。しかも切除部分は子宮頸部。子宮という袋を閉じている部分だ。この部分が欠けると、早産・流産する確率が高くなるという。
加えて画像検査で、私の子宮は平均とされるサイズより小さいという事が分かった。発育不全の子宮は、不妊・流産の可能性が高いらしい。
先生は、妊娠を望んでいるのであれば、元々難がある子宮に、さらに流産リスクをあげる事になりかねない手術は勧められないと話した。
じゃあどうするのか。
「子宮内の癌患部に、直接薬を塗布する治療を勧めます。」先生がじっとこちらを見ながら言った。
続けて、「でもね、この治療法は保険が効かないの。治療・検査で1セット30万円。」
30万。私の子宮は整形でもするのか?
1セットって何?2セット目が必要になる可能性あるの?まとめて買えばお得になったりするのか?
などと、私がしょうもない事を考えている間に、
「分かりました。お願いします。」
と間髪入れずに主人がいつものトーンで答えた。
その瞬間、
『この人は、妊娠する為に病気を治す事だけを考えている。』
『妊娠の“障壁”は彼じゃない。私だ。』
と気づいた。
主人が、結婚前に2人で話し合った“子供を授かる”という目的を果たす為に、私の病気に真摯に向き合っている事、自分のせいで妊娠へのスタートすら切れずにいるという現状が身にしみた。
合計いくらになるのか分からないお金の事、病院に付き添う為に忙しい仕事を休んだ事、数日後には結婚式が控えているし、いつ妊活に入れるのかも分からない……。
主人はそんな事全く考えておらず、目的を果たす為に病気をどう治すかだけを考えてくれている。
それに引き換え私は、当人であるにも関わらずしょうもない考えに頭を使い、この後に及んでまだ自分の癌と妊娠に真剣に向き合おうとしていなかった。
とても稚拙で恥ずかしい行動をとっていると自覚した。
私は『彼の年齢が、スムーズに妊娠できない原因になるかも』と、周りの人同様の思いを、正直全く抱いていなかった訳じゃない。しかもそれに対して『もし彼がそうであっても一緒に頑張ろう!』と薄っぺらい正義感を持ち、“旦那のマイナス点を容認する懐深い私”にバカみたいに酔いしれていた事にも気付いた。
自分がソッチ側になるとも考えずに。
稚拙な行動に加えて、不妊要因が発覚した訳でもない主人の濡れ衣を、お節介心で庇っていた私。
愚かすぎる。もう、情けないったらない。
急に羞恥心が湧き出て泣く事がみっともないと感じ、親指の爪で掌を押し、子供じみた方法で涙を堪えようとした。
申し訳なさでいっぱいになり、誰かのせいにでもしないと、恥ずかし過ぎて死にそうだった。
『全部、子宮が悪い』 そう思う事にした。
中学2年生で初経が来てから、生理痛も酷くなく、なんなら受験など“ここぞ!”という時には、奇跡的に生理をずらしてくれていた私の子宮。
今まで良いパートナーだったのに、妊娠という大仕事をお願いしようとしたとたん、まさかの裏切り。
『子宮が裏切った。』
自分の一部をとても憎らしく思った。
「次回、お金を持ってきます。」主人が受付に告げ、2人で帰路についた。
私が「ごめんね。」というと、
前を向いたまま「大丈夫。問題ない。」とだけ答えた。
主人の事を冷たい人間だと思うかもしれないが、“冷たい”のではなく“究極に面倒くさがり”なのだ。
基本的にイベントや記念日なんかは微塵も楽しみではなく、皮付きの食べ物は剥くことが手間だという理由で嫌っている。言葉を多く発するのも好きではない。
そんな人間なのだ。
そんな人間が病院に付き添い、話を聞き、全てを承諾してくれた。
なので、この時の彼の「大丈夫。問題ない。」という一言には、
「何も気にしないで。これから治療で大変になるのはそっちでしょう?妊娠の事は治療が終わってからまた考えよう。もう今日はご飯作らなくていいよ、アトレで好きな惣菜買おう。それにしてもあの先生ムカつくね。」
ぐらいの意味が込められているのだ。 ……多分。
(口下手な主人の貴重な発言を私は長年この様に勝手に解釈をしている。)
結婚式まで1週間を切っていた。
私は癌である事を両親に報告すべきかどうか迷った。
私の実家は遠方にある。子供は全員家を出ており、今は両親が2人で暮らしている。
3人姉弟の真ん中だった私は、反抗期が長く思春期には反骨精神むき出しで、両親に一番心配をかけた。
社会人となり家を出てからも、残業続きの毎日で帰省は後回し。メールの返信は1週間後という娘だったので、中々安心出来なかっただろう。
そんな私の結婚を両親は喜んでくれた。
特に母は、「こっちで結婚したい人ができた。12歳年上なんだ。」と電話で伝えた際に、「福山雅治か!!」とありえない期待をするほど舞い上がっていた。
『あと数日であの娘の結婚式。やっと安心できる。』
そう思わせたかった。
悩んだ結果、自分が心細いのもあって両親に電話で告げてしまった。
「子宮癌やて。でも元気やで。」
心配かけまいと軽い感じで話したが、やはり駄目な様だ。
電話の向こう側で、母の声は鼻声に変わった。
大人になっても、結婚しても、まだ親を安心させてやれないのかと、自分を心底侮蔑した。
(文/ワタナベミユキ)
※この連載は個人の体験です。治療や薬の処方などに関しては必ず医師に相談してください。
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