秒針はカスタネット 第三夜
ある夜の、ある瞬間に発せられる、自嘲とも自賛ともとれる飾り気のない言葉。
アロマを焚いてみたり、ペディキュアを塗ったり、SNS の四角い窓をひたすら追う。
それは、ある種の儀式のようでもあり。
私はリラックスを装いつつ、嵐のような明日に備えるように、また布団に入る。
好きな男性アイドルを観て、リセットして幸せな気持ちでベッドに入る。
ミキ。28歳。事務職。
お風呂にはいって寝る準備を整えたら、タバコ吸いながら、歯磨きしながら、録り溜めている男性アイドルのテレビ番組を観る。動画だけじゃなくて、たまに雑誌だったり、ラジオだったり。日々、「彼らに癒されたい!」と思うほど大変なことがあるわけじゃないし、リセットしたいことがあるわけでもないんだけどね。それでもいろんなことで、自分が嫌になることがある。そんな時は、ずっとアイドルの動画を観る。浄化の作業を延々と。
彼らの良さは、見た目のかっこよさだけじゃなくて、人間ドラマが面白い。10歳そこそこの子どもが、自分の意思ではなく親から言われて、わけもわからない状態でレッスンを受けていて。もちろん彼らも私たちと同じように、自分の本当にやりたいことを色々と考え始める時期がくるんだよね。それでも続けていく。人が“アイドル”っていうものをどう咀嚼して成長していくのか、それを見るのが楽しいんだ。
私、男性に対してすごくコンプレックスが強くて、「もし男に生まれていたら」ってずっと思ってた。それは父親からの影響が大きい。小さい頃から、“女”として見られてるのをすごく感じてたんだよね。そっと触ってきたり、お風呂に入っている時に脱衣所にずっといたり。大人になってから、2人でいて「こうやって2人きりだと彼女みたいやなあ」って言われたこともあった。異性なんだから当たり前のことかもしれないし、父親と仲悪いわけではないんだけどね。趣味も性格もすごく似ていて、理解できるところもたくさんあるけれど、父親のそういうところは本当に嫌だった。だからずっと髪もショートカットだし、行動もちょっと雑に、男っぽくしてみたり。“か弱い女の子”だと思われないように。小さい頃から空手を習い始めたのもそれが理由。最初は、同年代の男の子と対等どころか自分の方が強いくらいだったのに、全然勝てなくなるときが来るのよ。やっぱり体のサイズも違うし、力も違う。「男に負けたくない」って思って習い始めた空手も、結局男の子には敵わないんだよね。力の差を思い知らされて、このコンプレックスもどんどんこじらせていった。
男性から自分が「消費される」というか、一方的に利用されてるって思う場面が大人になって一層増えた。性的にもそうだし、仕事の立場上も、いろんな方法でストレスの発散に使われてるなって。男の人と仲良くなる前からそんな風に思ってるから、男性を愛せないんだよね。常に身構えているというか、マウントをとりたい。飲み屋で隣に座った人でも、店員でも、誰に対しても常に。フェミニズムだの、女性の権利だのいうつもりは全くないけど、やっぱり私は男の人に負けたくない。
私がアイドルの動画を観たり、音楽を聴いたり、コンサートに行ったりするのって、紛れもなくこちら側が“消費者”じゃん。お金を払って、彼らの若い美しい時間を買ってる。向こうが私を認識したり、利用することは絶対にない。その時、自分が消費する側に立ってることに優越感と安心感を目一杯感じられて、すごく居心地がいい。前は、なんでアイドルを好きなのか自分でもわからなかった。でもやっと最近、「だから私は彼らを求めるんだ」って、ストンって腑に落ちたんだよね。
去年転職した。前は寝る間もないくらい働いていたし、男ばっかりの職場で、毎日がコンプレックスとの闘いだったよ。今は社内に女性もたくさんいるし、すごく働きやすい。東京に来てもう4年になるけれど、3年間は何もできていなかったのが、やっと自分がやりたいことをできる余裕ができた。
今はすごく穏やかに日々を過ごせてるよ。自分のことも過去のことも、ようやく落ち着いて客観視できるようになったのかもしれない。いろんなことがあったけど、やっと“動きだした”って感じがしてるんだ。
実在の人物への取材に基づいて作成されていますが、文中に登場する人物の名前・職業はプライバシー保護のため架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係がありません。
(取材・文/撮影 道端 真美)
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