homemade vol.1 キッチンわたりがらす
#ちょうどいい店、
#ミシュランほど気張る必要はない
#ファストフードのようなさみしさがない
#恵比寿
#トレーサビリティ
#目利きの店
#ちなみに、、、酒のチョイスも秀逸
「この店には既製品はほとんどないですよ」
人の手で染められ、1年がかりで織られた生地が張られたカウチ。石切場で切り出してもらった大理石の床。樹齢数百年のチークを惜しみなく使った木のテーブル。字面だけならどこの高級料理店か、と思ってしまうこの店は、1,000円でランチを食べられる小さなレストラン。
行く土地その先々で行ったことのないお店をめぐり、うまい飯を探し回る私が東京・恵比寿でいつも行ってしまうのがここ、“キッチンわたりがらす”。飲食店ひしめくこの街で、行ってみたい店は星の数ほどあるけれど、行きたい店が一向に行ってみたいままなのは、この店のせいと言って過言ではない。
「自分もお客さんも含めて、気持ちよく過ごせる場所を作ろうと思って。このレストランは僕にとって生活そのものであるし、人生そのものなのでね」
店主の村上さんは「道楽の店なんですよ」と笑う。
上・村上さんがこだわりにこだわった店の内装と家具。
何から何までこだわりの強い村上さん。もちろん料理へのこだわりも桁外れ。無農薬の野菜とお米を使うキッチンわたりがらすの料理は、添加物・化学調味料・冷凍食品は一切使用しない。お肉もお魚もお野菜も、基本的には生産者から直接仕入れて、ソースやマヨネーズなど作れるものは全てお店で手作りしているという徹底っぷり。
私は美味しいものならなんでも良いし、無農薬だとかオーガニックだとか、それほど気にはしていない。それでもわたしがキッチンわたりがらすに通ってしまうのは、“ここに来れば美味しいものが食べられる”という確信があるから。
村上さんの経歴は、下積みが重視されると言われる飲食業界ではちょっと異色。大学で建築を学び、卒業後は自身で編集した雑誌を出版。取材に全国を飛び回っていたそう。趣味で続けていた料理の腕を認められ、料理の世界に飛び込んだのは30歳を過ぎたころだった。
「何かを伝えたいと思って雑誌を作っていました。でも、“料理”っていうことの方が自分の持っているスキルの中で、“伝える術”としてうまくいくんじゃないかなって」
キッチンわたりがらすで使う食材は、村上さんが全国各地を旅して見つけたよりすぐり。農家さんに紹介してもらったり、ファーマーズマーケットで出会ったり。都内で行われる地方主催のイベントにも足しげく通い、新しい食材を探しているんだとか。
「縁で繋がっていく。なければ探しにいく。そういうスタンスです」
そう言って村上さんが作ってくれたのは、十勝どろ豚の炭火焼。炭火でじっくり焼いた豚肉と、彩り豊かな野菜。スパイスの効いたソースの香りが、空っぽの胃袋を刺激する。
上・十勝どろ豚の炭火焼。たくさんの夏野菜と一緒に。
年を追うごとに揚げものや脂身の多いお肉を食べると後に引きずるようになってきたアラサーの私は、常に胃薬(とヘパリーゼ)をカバンに忍ばせている。“豚肉”の響きだけでちょっとたじろいでしまうけれど、このどろ豚の脂はちっともしつこくない。
このどろ豚と出会ったきっかけも、ひょんな縁だったそう。
「うちによくお弁当を買いに来る骨董屋さんがいるんですけど、その方がアニマルウェルフェアに興味がある方で。それで十勝の農場を一緒に見に行ったのがきっかけでしたね」
村上さんが食材を選ぶ時、一つの基準にしているのが“どんな環境で育っているか”。ゲージの中で育ったものよりも、放牧でのびのびと育った牛や豚のお肉は味も豊かだという。
「自分もこんなに自由に生きているんだから、ねえ?(笑)」
ストレスを溜め込まず、自由にのびのびと育つことが旨味の秘訣ならば、…私の脂肪もきっとうまいのでは?なんて。
この豚肉に限らず、偶然なのか必然か、本当においしい食材が彼の元に巡ってくる。
「北海道生まれの友人が羅臼の昆布漁師に嫁いだんです。その昆布をもらってみたらそれがうまいこと。おいしい昆布って、沸騰させても独特の臭みがないんだよね」
今、私たちが手に取れる一般的な昆布のほとんどは養殖。でも村上さんにめぐってきた羅臼昆布は天然のもの。天然ものの中でも上等な、滅多にお目にかかれない代物だった。
食材のことを語る村上さんはちょっと誇らしげだ。
「永ちゃんじゃないけど、俺もお前も最高だよっていうか。本気でいいものを作りたいと思って汗水流している人がたくさんいる。そんな、自分が共感できる人たちが作るものを買うっていうことが、僕にとっての“料理をする”っていう行為の一環なんです」
“まごころをリレーする渡り⿃でありたい”
キッチンわたりがらすのコンセプトである。作り⼿の思いをつなげ、それを村上さんの料理が⾷べる⼈に届ける。
「お弁当だったら、⼀⼝で⾷べられる⼤きさの具にしたり、パーティー料理だったら、⼀発で取りやすい向きや⾓度に切ったり。⾷べる⼈のことをとにかく考えます。僕が思う究極の料理は、お⾦も取らず、最⾼の⾷材を使って、誰かのために思いを込めて作るものです。それが仕事だと僕が⾷っていけないので、できないけど(笑)稼げる料理じゃなくてもいい。⾷べた⼈にホッとしてもらえる料理を作りたい、そう思って毎⽇厨房に⽴っています」
お腹いっぱいで家路につく頃には、もうすでに次にキッチンわたりがらすへ⾏く時は何を⾷べようかと期待を膨らませていた。結局、私のリストにある恵⽐寿の⾏ってみたい店たちは、ずっと⾏ってみたい店のままみたいだ。
キッチンわたりがらす 村上さん、お話たっぷり聞かせていただきありがとうございました。またすぐに、美味しいご飯をいただきに伺います。
道端 真美 / MICHIBATA MAMI
⾷べること飲むことが生きがいのBV編集部の中の人。将来の夢は蛇⼝をひねったらビールが出てくる家に住むこと。世界26カ国を⾷べ歩き、多⺠族国家ならどこの料理も本格的なものが⾷べられるはず!と単⾝カナダへ。約2年の海外⽣活を経て、現在は⾏きたい店に印をつけた地図を⽚⼿に、⽇々⾷べ飲み歩いています。
(取材・文 道端 真美/撮影 長尾 隆行)
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