秒針はカスタネット 第二夜

ある夜の、ある瞬間に発せられる、自嘲とも自賛ともとれる飾り気のない言葉。

アロマを焚いてみたり、ペディキュアを塗ったり、SNS の四角い窓をひたすら追う。

それは、ある種の儀式のようでもあり。


私はリラックスを装いつつ、嵐のような明日に備えるように、また布団に入る。




家に帰ってきたら、その瞬間から寝る準備が始まる。椅子に座って“ふうっ”ってする時間なんてないなあ。



ユカ。27歳、販売員。


大学に入る時上京して、一人暮らしをはじめてもう9年。一人での生活は心地いいな。誰にも気を使わないでいいから。


寝る前には絶対タバコを吸う。そのタバコは絶対においしく吸いたいから、そのためにご飯を食べるし、そのために明日の準備を済ますし、流しに溜まった洗い物をかたづける。



朝が来ないで欲しいと思うことだってある。寝る時ってすごく幸せな時間だけど、寝たら朝がやって来ちゃう。でもそういう時って、同じくらい、早く朝が来て欲しいとも思うんだ。


前の会社にいた時、ものすごい失敗をしたことがあったの。身体って自分の気持ちに本当に正直で、その時は1週間くらい、全くご飯が喉を通らなかった。ちょうどそれが健康診断の時期で、検査結果も散々。検査項目の上から順番に、「要精密検査」って文字がずらり。体重も、見たことないような数字まで落ちて、「自分って打たれ弱いなあ」ってまた落ち込んだ。そんな日々が早く過ぎ去って欲しいから、「早く、朝来い」って思ってたな。あの時は、何している時もずっとくるしかった。タバコを吸っている時も、布団に入ったあとも。



この前実家に帰った時に、お父さんと仕事の話をした。お父さんが仕事のことを「前みたいに楽しくないから辞めてえなあ」って言っていて。「前は仕事楽しかったんだ??」って、驚いたんだよね。仕事って楽しいものだと思ったことがなかった。楽しくなくても、忙しくても、辛くても、ちゃんと向き合わなきゃいけないものだと思う。だから、仕事を辞めたいとは思わない。頑張りたいって思う。



結婚願望なんて全くなかったけど、お兄ちゃんが結婚した時に、「ああ、私も結婚したい」と思った。もし、いつか両親が死んだら、兄姉が帰る家には家族がいるけど、私は誰もいない家に帰る。そんなことを思ったら、「家族が欲しい」ってたまらなくなった。そのあと働き始めて、ずっと仕事をしていける自信がないって思った時も、同じように結婚したいって思ったな。だからこそ、結婚しなくてもいいように力をつけたい。もし結婚できたとしても、私には仕事を辞めるっていう選択肢はないな。だって不安じゃない?自分の全部を預けちゃうの。結婚して仕事を辞めるっていう女性、すごいなって思う。私はそんなの不安でしかたがない。途中で“ポイッ”ってされたらどうしようって。だって、旦那さんって血の繋がりもないんだよ。そんな人との関係に対して、なんでそんなに前向きになれるんだろう。なんでそんなに迷わないでいられるんだろう。未来の旦那さんのことを疑うとか、信じられないとか、そういうことじゃないの。自分が信じられない。ずっと相手に大切に思ってもらえる自信がないだけ。誰にも頼らず、一人で生きていく力をつけるために、今は辛くても頑張ろう、そう思うんだ。




実在の人物への取材に基づいて作成されていますが、文中に登場する人物の名前・職業はプライバシー保護のため架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係がありません。


(取材・文/撮影 道端 真美)

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