秒針はカスタネット 第一夜

ある夜の、ある瞬間に発せられる、自嘲とも自賛ともとれる飾り気のない言葉。

アロマを焚いてみたり、ペディキュアを塗ったり、SNS の四角い窓をひたすら追いかけたり。

それは、ある種の儀式のようでもあり。


私はリラックスを装いつつ、嵐のような明日に備えるように、また布団に入る。




寝る前、特にこれといったことしないよ。



サキ。28歳、営業事務。


高校を卒業してすぐ就職した。気づいたら、それからもう10 年。10 時ごろに家に帰ってきて、動画を見ながらご飯を食べて、食器を片して、お風呂入って、頭乾かして。その間もずっと動画見てる。それで、またベッドに入って、動画を見る。面白い、笑えるやつを延々と。仕事してる時は常に頭が動いてるし、何も考えなくていい唯一のその時間を、存分に楽しんでる感じ。


前日に翌日のことを悩んだりはしないかな。夜も、仕事のこととか、頭をよぎっちゃうんだけど、今悩んでも仕方ないから、やめるの。意図的に考えないようにしてる。何かをしてないと、考えちゃうじゃない。悪く言ったら「逃げてる」ってことになるのかもしれないけど。明日のために、一回リセットする。


仕事のことで悩んだり、もやもやしたり、怒ったりすることもたくさんある。溜め込んでおくのってすごい疲れるから、同僚とか友達に愚痴言っちゃう。昔はお母さんに愚痴を聞いてもらってた。3 年前にお母さんが家を出て行ってからは、そのまま実家で一人暮らしているけれど、あの頃は誰にも吐き出せてなかったんだよね。職場でも、友達にも。私が言っていることで相手がどう思うかとか、嫌な思いして欲しくないとか、いろんなことを考えちゃって。よく、仕事終わって泣きながら帰ってたな。



当時は自分でもよくわからなかった。涙が止まらないし、夜眠れない。朝起きても、仕事があるのに布団から出られない。4 日くらい、会社になんの連絡もせず行かなかった。「大丈夫?」って連絡がいっぱい来てて、着信もたくさん。「やばいなあ」と思うんだけど、やっぱり体が動かなくて。そしたら突然母から電話がきて。「なんだろう」と思って出たら、「仕事行ってないの?」って。上司が心配して親に連絡したみたい。それで「もう会社行けません」って辞めた。今思えば、いろんなことの積み重ねだったんだろうけどね。職場の環境だったり、一人での生活が始まったり、彼氏と喧嘩別れしたり。「これ!」って理由があったわけじゃないんだと思う。


あの時は、明日が来なくてもいいなって思ってた。来たってどうしようもないなって。



なんであんなに働いてたんだろう、ってすごい思う。体力もあったんだろうけど、プライベートと仕事って別れてなくて、全部が一つで“私の生活”だった。だから全部頑張らなきゃって必死だったの。もし今、昔の自分だったら、家に帰ってグダグダ仕事のこと悩んだり、きっと仕事持ち帰っちゃったりすることもあるんだと思う。でも、こうやって何年か働いてきて、ちゃんと切り替える方法を見つけられた。やっと、社会で生きていくことに慣れてきたのかも。



今は、明日のことを考えないようにしてるけど、なんだかんだ嫌な日々じゃないのかもしれない。特別な毎日ではないけど 「 それでいいじゃん 」 って、心のどっかで思えてるのかもな。




実在の人物への取材に基づいて作成されていますが、文中に登場する人物の名前・職業はプライバシー保護のため架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係がありません。


(取材・文/撮影 道端 真美)


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